1999年11月30日

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Kへ

メールをありがとう。
最近面白い言葉を耳にしたので、早速伝えたくなりました。
「デビル」と「ピュアエンジェル」

アメリカの事業家は、投資家の性質をこの2つの言葉で区別するのだそうです。
察しの通り、「デビル」は自らの資金を増やすことを第一の目的として、投資を行う
人間を指しています。

「ピュアエンジェル」は、投資先の理念に共鳴し、自らも、世界を変えて行くことに
参加したいという思いから、投資を行う人間を指すのだそうです。

シリコンバレーに代表される、アメリカの若手ベンチャー集団の急成長は、
この「ピュアエンジェル」あっての成功だったみたい。

面白いよね。
個人投資家がまだ少ない日本には、浸透していない概念だと思わないか?

もっとも、かつて殆どの投資家が「デビル」になってしまって
この国の経済は、破綻したのかもしれないね。

あと、ベンチャー企業のあり方も日米間には際だった違いがあるみたい。
よく、欧米人は個人行動を得意として日本人はチーム仕事を得意とするって言うじゃない?

だけど、実際には日本のベンチャー企業は、一人のアイデアマンが孤軍奮闘し、
3年間くらいで力つきてしまうパターンが多いらしい。

一方、シリコンバレー型のベンチャーは、5~6人の人間が、アイデアを出し合って
チームをつくり自分の得意とするフィールドで、別行動する事で成功してるんだよ。
なにかヒントになった?

これからのビジョンの事だけれど、「一発当てよう」とか、マーケティングに基づき
人々の表層的な欲望に働きかけて小銭を稼ぐような事業は成功しないだろうね。

もう、そんな事業は飽和状態だし、Kだって、そんなことでお金を稼いでも
充足するような人間じゃないでしょう。

これからは、人々が物質的なものよりも、魂そのものに働きかけてくるような体験を
求めるようになってくるんじゃないだろうか?すでにそうなのかもしれない。

新しい価値や才能を発掘して結集させたりする事は可能だよね。
ある意味冒険だけれど、決して博打じゃない。

だから、少しずつ世界を変えて行こうよ。

自分たちの価値観を提示し、もっと人の奥深いところに届いて
本質的な豊かさや、感動を提供することが出来たときだけ
僕たちは、仕事に充足感を得られるんじゃないか?

僕は、べつに理想主義者じゃないよ。
知っていると思うけど。

Kとはもう15年のつき合いだし、お互いの弱点も、才能も
だいたいのことは解るよね。

今まで、歩んできた道のりも不思議な符合が多いのも、偶然じゃ無いのかもしれない。
もし、僕たちがこの理念を共有して動きが出せそうなら、安定が約束された仕事なんて、
手放したってかまわないよ。

その時には、お気に入りの英国車も売っぱらってしまおう。
あとで、電話するよ。

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1999年11月29日

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Kへ

その後、そちらはどうですか?
何か、進展したり動き始めているものはありますか?
僕の方は、師走をまえに期限付きの膨大な書類仕事に追われています。

だけど、仕事の合間にはいつもあなたと話したことを考え、整理し、
なるべくクリアーに僕自身の考えを言葉に変換しようと試みたりしています。

そして、もう一度お互いの考えと、理念について話をしましょう。
共有できるものも多いはずだし。

今の仕事はね、なんだかんだ言っていても結構面白い。
下の世代にはいつも関心があるし、人の才能を引き出したり、
コミュニュケーションそのものを仕事にするなんて、
天職なんじゃないかと思えるほどです。

今、結果待ちをしているのは教育研究員の選考試験の結果だよ。
都が教員一人につき1千万円の予算をつけて、1年間現場を離れて、
自分の研究を進めさせる事業なんだ。

自分の発想が、閉塞的で退屈な授業の仕組みを
変えてゆけるのでは無いかと思って、申請したんだよ。

今は、最終選考に残っているけれど、どうなるのかは解らない。
最後に決めるのは、役所の官僚だからね。

結果は真っ先に知らせるよ。それによって、来年の僕の動き方も変わるし、
お互いに、これからの事をもっと具体的に話せるでしょう?

また、近いうちに食事でもしよう。
まだまだ書きたいことはあるんだけど今日はこの辺で。
おやすみなさい。

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1999年11月28日

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反吐が出そうなニュースがつづいて胸が苦しくなる。
それでも僕は、明かりを灯し続けてやる。

毎日、新しいビジョンがあふれ出し、
クリアーになってゆく気がする。

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one.

「僕は夢想家だろうか
だけど、僕だけじゃない。」

ジョン・レノンのその言葉に初めて触れてから、
もう18年もたったのか。

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1999年11月27日

19991127

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一日家で過ごす。

日頃利用している、webの掲示板がダウンした。
復旧の見込みがたたないらしい。

僕のwebはそんなに書き込みが多い方ではないし、過去ログも保存していたので、
被害は少ない方だと思うけれど、掲示板を提供している会社のサポートBBSを覗いてみると、
多くのユーザーがパニックになっているのが解る。

でも、サーバーなんてそんなものだろう。
と、思う。

所詮、この目で見たこともないどこかのハードディスクだ。
今、この日記をアップデートしているサーバーやプロバイダーの存在だって、
普遍的なもではあるまい。僕らを結んでいる、物理的なケーブルでさえそうじゃないのか?

そんなわけで、新しい掲示板の設定やらなんやらに
天気の良い休日の大半を費やしてしまった。

昼は、南京亭に焼きそばを食べに行く。

庭先に積んでおいた枯れ枝や、枯れ葉を焚き火にしようと試みた。
だけど、あまりにもバリバリと勢い良く炎上するので、
怖くなりバケツの水をかぶせる。

2杯目のバケツに水を注いでいる間に、
残り火があっという間に広がった。

慌てて、とどめの水をかける。

完全に消えているか確かめるため、
しばらく立ちつくしてしまった。

肝が冷えたぜ。
ふー。

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1999年11月26日

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事故った。
一瞬の出来事。

けが人とかがでなかったのが不幸中の幸い。
何が起きるのかわからないものだ。
気を引き締める、良いきっかけにしよう。

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1999年11月25日

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年に一度の、芸術鑑賞会の日

毎年、生徒達の鑑賞態度の悪さにあきれ果てる事が多く、
内心「いっそ、こんな行事やめちまえばいいのに」と思っている程だ。

正直に言うと、彼らがそうなってしまうのも無理ないなと思える出し物も多かった。
説教臭い、時代錯誤な演劇とかね。

今年は、寄席。

例年のような鑑賞態度だったら、話家に高座から「てめえら、でていっちめぇ」なんて
べらんめえ調でキレられたりしたらどうしようなんて心配だった。

だけど、これが大当たり。もう、トロンボーン・コメディでのっけから生徒達のハートを鷲掴み
「紙切り」演芸でメチャ盛り上がり、円丈師匠の新ネタで爆笑の渦。

かくいう僕も、生徒と同化して爆笑しまくりだった。
トリの怪談も、皆静まり返ってマジ怖がっていた。

いや、芸人はすごい。

普段50分授業すら持たない彼らを、
話芸だけで2時間惹きつけてしまう。

尊敬。

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1999年11月23日

19991123

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父親の展覧会の最終日。
国立のコートギャラリーまで観に行く。

昨日は、忌野 清志郎さんと三浦 友和さんが二人そろって来たのだそうだ。
悔しい、わかっていれば昨日僕も行ったのに。

一時間ほど話し込んでいったらしい。
父親は、清志郎から「パンク君が代」入りの新譜をプレゼントしてもらっていた。

羨ましい。

バンちゃんとユウコちゃんも展覧会場に来てくれた。

その後バンちゃんの部屋で、カルボナーラをご馳走になる。
今日、彼はデジカメを手に入れてご機嫌である。

二人で、今後のビジョンなど話す。
新しい事がはじまる予感がする。

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1999年11月21日

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風邪ひき3日目。
熟睡したのに良くならない。

AM8:00に一度目が覚め、
メールチェックなどする。

再び目を覚ますとPM3:00だった。
一日を、ベッドの中で棒に振るのは悔しいので、
起き出す。

お気に入りのCDをピックアップし、
アルファベット順にテーブルに並べて整理する。
そのうちwebにcd紹介のコンテンツをつくろう。

外に出られないと、気が滅入る。

   ---------------------------------------------------------------

   「優」の事


「西風」の季節になると、ろくに外も歩けなくなる。
迷路のような、路地の坂道を下ろうとすると、
海から吹き上げてくる突風のせいで、呼吸もできない。

その季節は、シェルターの中にこもるように
誰もが家の中で過ごす。

以前暮らした亜熱帯の島とは違って、
この島は、冬が本当に忌まわしい孤独を連れてくる。
ダイビングや釣り目的の観光客すら来なくなる。

僕が住んでいた家は、島の中では珍しい(というか唯一の)
鉄筋づくりのマンションだった。

それでも、まともに西風をくらうと地震のように揺れた。
他の木造住宅は、良く吹き飛ばないものだと不思議にさえ思った。

「優」の事について憶えている事を書き記しておこう。
彼は、島では天才的なサーファーで、高校生だった。
そして、島一番のボスだった。

彼はちょっとした暴力事件をおこして自宅謹慎になったとき、
僕は、日々彼に課せられた「反省文」を添削した。

彼は毎日、一行しか書かない。
「今日も西風だった。」

他の教師は、もっとノート一杯に「反省の気持ち」
を書き記すべきだと憤慨したが、僕は彼の一行が気にいっていた。

「今日は波が高すぎる」
翌日は
「いつになったらこの西風が止むのか、イライラする。」

「優」は難しいヤツだと、周囲から言われていたが
島に来たばかりの僕をすんなり受け入れていた。
そのおかげで、僕はずいぶんこの島での教師生活がやりやすかった。

「優」はいつもサーファーとして誰よりも海に向き合っていた。
海への愛情を語り、同時に憎悪していた。

彼が、毎日一行だけで綴る言葉に、その愛憎が込められていた。

彼の謹慎があけるにあたって、「これからやりたいこと」
と題した作文も一行だけだった。

「西風が落ち着いたときにサーフィンがしたい」
僕は、少し吹き出しそうになって彼に訊ねた。
「サーフィンだけじゃ飽きないか?」

彼もまたニヤリとして、ゆっくりと僕の質問に答えた。

「飽きねーよ。一度だって同じ波が来たことは無い。」

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1999年11月20日

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風邪ひき2日目。
良くならないけれど、出勤。

土曜日の選択授業は、
今学期最後なので休むわけにはゆかない。

父親の展覧会が国立のギャラリーで始まっているので、
かけつけたかったが、断念。

ひたすら眠る。
薄い眠りの中で、
記憶と現実のイメージの狭間を行き来する。

         

「埋葬日記」 

'98年の夏休みも残すところ数日となったころに、沖縄・那覇の祖父が急逝し、
葬儀のために那覇から車で一時間ほど北へ上った小さな村を訪れた。

その村は、背丈より遙かに高いサトウキビ畑が村一帯に広がっており、
その畑の小高い丘に、亀甲墓と呼ばれる、ドーム型の巨大な墓がある。
その墓は、自分が生まれ出たところに帰っていく所と信じられ、
子宮を模して造られているのだという。

一面緑色のサトウキビ畑の中に村中の一族が集まり、
肩を抱き合いながら号泣しあう中、祖父はその墓に埋葬された。

それは、泣く者と共に泣く、癒しの共同体の儀式だった。

大叔母と共に、この村から那覇へ戻る際、村議選の公示ポスターを目にした。
この村は、村議選のまっただ中だったのだ。

立候補者の名前が、姓ではなく「ひろし」「よしお」「きみこ」
といった具合に、名前のみのポスターばかり並んでいる。

姓が皆同じ村、故であるのだが、結構奇妙だ。

その、ポスターの前に大叔母が立ち止まり、
懐かしそうに目を細めている。

大叔母は、戦後この村で小学校教師をしていた。
選挙ポスターの立候補者たちは、かつての教え子だ。
「この子は、優しい子だったよ。」といった具合に、昔の頃の話をしてくれた。

「あなたも、仕事やりがいがあるでしょうね、教師になる夢を叶えたのだものね、
こんなに素晴らしい仕事はないよ。」と言われ、ドキリとした。

この仕事に就いて、まだ5年目だというのに、数日後の始業式を思うとき、
憂鬱すら感じていたのだ。

彼女はつづけて「教師という仕事一度も嫌だと思ったことないよ、
今は、難しい時代かもしれないけれど、きっと愛情で色んなことが解決できるよ。」
と、話してくれた。

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1999年11月19日

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不覚にも風邪をひいた。

授業は無い日なので休みたかったが、
人に任せるわけにはゆかない仕事があった。

M田に僕から伝えるべき事.

「君の家庭は授業料が未納のなので、君は就職活が出来ない」

今まで何度と無く事務長の立ち会いのもとで、彼女の母親と話してきた。
「もし、収入がどうしても少ないなら授業料減免などの手続きをして欲しい」と。

しかし、決して収入が極端に少ないという家庭ではなかった。

駅前の瀟洒なマンションに住んでいて、「今の生活のレベルは落としたくない。」
という理由で、結果的に優先順位の低い娘の学校の授業料が滞りがちなのだ。

最近の授業料滞納は、殆どがこのケース。

「こののままでは、進級できなくなりそうです。最悪の退学処分の対象になります。」
そういう話をすると。「センセイからそのことを伝えてやって下さい」と親に言われる。

実際、昨年退学処分になったY原には僕の口からそのことを宣告した。
彼女は、僕の目の前で顔を被って泣いた。

午後は、体調が悪化し退勤する。

家に帰るとワイドショーは自己啓発セミナーの事件の事をしきりに取り上げていた。
屍の腐敗する様子を、毎日定点観測のように写真におさめつづけるなんて、
デビッド・フィンチャーの映画「セブン」じゃないか。

午後3時に、コビと一緒にベッドにもぐり込み眠る。

NYのライアンにメールの返事を書きたい。
彼は、ブルックリンで小学校の美術の教師になった。

銀杏の木の下で子供達が座り込んで絵を描いている様子を写した画像を添付してくれていた。
銀杏の葉が地面に敷き詰められ、木漏れ日が射している。
黄金の絨毯みたいだ。
その光につつまれてカルトンに向き合っている子供達.

その写真から受けた印象をうまく伝えられ程、
僕には英語が出来ないんだ。

日本語すらうまく使えない。
あしたこそ書くよ。     

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1999年11月18日

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20代の時のことを、
突如思い出したように書き留めるようにしている。

結局のところ僕はもう30才で、鮮烈な色彩を放っていた出来事すら
どんどん希薄になって行くのを感じている。

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過去の記憶をたどり整理したいという願望は、
懐古的な想いからではない。

最近は、やりたいことが溢れてくる。
20代に体験して気たことは全て、
これからのための準備だったように思う。

10代後半に、相当な数の自画像を描いた。
今思えば、あれは日記だ。
そして20代を迎える前の位置確認のようなものだったかも知れない。

その頃よりは、少し自由になっているだろうか。
自分の立っているいる場所が、
少しずつ解りかけているような気がする。

これから何処に行こうか。         

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1999年11月17日

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今日は避難訓練。
生徒はまるでやる気無し。

教室から、避難場所の校庭に移動する間も
「だるー」とかいって、だらだらと歩いている。

点呼後、
「インパルス」と名付けられた、
消防庁のバイク部隊のデモンストレーション。

赤いバイクでさっそうと現れ、
消化剤の詰まったバズーカ砲みたいのを担いで現れる。

「ドズン・ズボッ!!」と砲撃するかのような初期消火を、
校庭に集まった全校生徒の前で披露してみせる。

「なにぃー、ゴレンジャー?」
「やっばー、寒くない?」
みたいな感じで、冷ややかな反応をする生徒の中で、
いつの日か消防官になることを夢見るS山くんだけは、
熱い視線を注いでいた。

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1999年11月16日

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昨夜降り続いた雨がすっかり上がり、
とてつもなく空気の澄んだ朝だった。

奥多摩山麓の山肌がくっきり見えて、
紅葉しているのもよく解る。

仕事をさぼって塩山を抜け、
甲府まで車を走らせたかったけれど、
そんなこと出来るはずはない。

朝から、学年会議。
明日の避難訓練のことなどを打ち合わせる。

授業は4時間ぶっ通しでパソコンルーム。
こんなにも気持ちのよい秋の日を、
厚い遮光カーテンがひかれた部屋でモニターを見つめ、
電磁波にまみれて過ごしてしまった。

夜、テレビでBSをつけるとボノが唄っていた。
U 2のメキシコライブ。
昨年も観たから、再放送だ。

なんというセクシーな歌い手。
アンコール曲は[ONE]。
しびれまくる。

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1999年11月15日

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「入港日」と「出航日」

その2つのイベントを中心にして、
全てのカレンダーがまわる。

僕は最初に暮らした島の事を思い出していた。
その島は、東京から30時間船で南下した大洋に浮かんでいる。

2等船室に30時間雑魚寝をする。
考え事をするには十分すぎる時間で、気分転換というにはあまりにも長い。

いずれにしても、いつかはその島にたどり着く。

船を降り立つと、飽和状態に湿度を含んだ空気に包まれ、
体中の毛穴が開くので、ここが亜熱帯なのだと解る。

はじめて訪れる人は、入港したその船が、圧倒的なテンションで
港に待ちかまえる人々によって歓待されるのに驚く。

その船は、島の人々にとって実に一週間ぶりの外界からの使者なのだ。

郵便物・生鮮食品・過去1週間分束ねられた新聞。そして人。
すべてがこの船に託されてやってくる。

船の入港はたいてい午後3:00
しけの具合に左右されるので、入港する日の朝に、船の到着予想時刻が島中に放送される。

だれもが、天気予報よりもはるかに注意深くその放送を聞く。

船は湾に入ると、汽笛をならす。

そうすると誰もが職場を放棄して、港に向かうことが許される。
それが「入港日」

主婦は、1週間分の献立を頭に入れて、
荷下ろしされたばかりの生鮮食品を確保する。
のんびりしてりいると、1週間肉は食べられない。

中高生は、むさぼるように雑誌を立ち読みし、
東京の流行が分かるファッション雑誌から飛ぶように売れる。

船は、2~3日の間港に停泊する。
その間、人々の表情は心なしか穏やかだ。

その気になれば、キップを買って本土に行くことが出来る。
外界との接触が可能だと分かるだけで、安心するのだ。

船が出航する日に港へ行く人は、
自分もその船に乗る人と、見送る人だけだ。

見送りの人々は船が出航すると、あまり船が小さくなって行く姿を見ないようにして
それぞれの持ち場に帰って行く。

その日は、皆少し無口に仕事をする。
それが「出航日」

そして、また数日後に戻ってきてくれる船のことを考えながら一日一日を過ごすのだ。

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1999年11月14日

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上野をぶらぶら。
「日展」を観る。
人混みに辟易とする。

それにしてもすごい作品数。
天下の日展、日の目を見なかった
落選作品はどんな絵なのだろうか。

新宿へ移動する。
8ミリ映写機の販売を委託していたので、
「カメラのきむら」に行く。
けっこうな値段で売れていた。
もはや、骨董品売買といった趣。
大切にしてくれる人に買われていったのなら嬉しい。

ヴァージン・メガストアで高野 寛の[TIDE]を手に入れる。
ひとつひとつの曲に色んな想いが詰まっている。
上質な麻やシルクのような詩と唄に、幸せな気持ちになった。

日が沈んでから
「世界堂」本店で大量に紙を買い込み、
紙袋を抱えて、車を停めている厚生年金会館前の
パーキングメーターに抜ける路地を歩く。

はじめての路地。
色んな男性が通りにやたら点在していて、
不躾なまでの視線を感じる。
通りには、ちょっと変わった専門店が軒を連ねている。
ああ、ここが、かの有名な「2丁目」か。
ふむふむ。

夕食は、サンマルク。
パンが焼きたてなので食べ過ぎてしまう。

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1999年11月13日

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久しぶりの、土曜日休み。
家でのんびりと過ごす。

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夜の散歩。
寒くなってきた。
木のシルエットも冷えてくる。

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1999年11月12日

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朝は一時間のストライキ。
虚しい気持ち。

指導要録の整理や書類仕事、
溜まっているけれど今ひとつ気乗りがしない。

夕方は、臨時職員会議だった。
1年生が、3人で一人をボコボコにした暴力事件。
生活指導部から出された指導案を採決する。

家に帰ってテレビをつけると、
「天皇陛下・在位十周年祝賀式典」の様子が映し出されていた。

XジャパンYOSHIKIが自ら作曲したという
奉祝のピアノコンチェルトを演奏している。

参列者の先頭には、speedやGLAYのメンバーが並んでいる。
周到に演出された、完璧な祝賀ムード。

なんだか訳もなく悪い予感がして、
憂鬱になってしまった。

あっちゃんが貸してくれた[THE BOOM]のライブビデを観る。
「神様ありがとう。僕はひとりぼっちじゃない」
宮沢 和史の祈りを捧げるような唄に救われる。

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1999年11月10日

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一年生の授業は高麗石の石彫。

皆、没頭して取り組む。
白い石の粉が、空気中に舞う教室。

「天才のアベは今日は休みなのか」と思っていたら、
退学していた。
なんだ、さよならも言わずに。

午後は学年集会。
交通課のお巡りさんによる、交通安全講話。

生徒達は、退屈な時間のやり過ごし方を各々心得ている。
午後は、会議づくし。会議責め。

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1999年11月09日

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久しぶりにコンピュータグラフィックの授業。
「水彩」というソフトはかなり、いけている。

彼らを、「描写コンプレックス」の呪縛から解き放ち、
自由に色彩を操る楽しさを呼び起こさせる。

高野 寛のwebサイトにアップされている日記を、
一ヶ月分まとめて読んだ。
「ものつくる人」の日常は興味深く、共感するところ多し。
お気に入りのweb日記だ。

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1999年11月08日

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のっぺりとした日常をトレースする。
惰性で授業をこなしてしまったような日を、
形容する言葉が見つからない。

美術室の上は、音楽室になっている。
授業の間、音楽室から繰り返し聞こえてくるポール・モリアの「恋は水色」。
憂鬱になる。

ポール・モリアは、ビジネスホテルの廊下に敷き詰められた
赤いカーペットと、消毒がきいた部屋の臭いを思いださせる。
よく、B.G.Mの有線でかかっているからだろう。

関係ないけど、リチャード・クレーダーマンを不意に聞いたときにもブルーになる。
幼い頃、母が和文タイプの内職をしながら1日中つけていたAMラジオから良く流れていた。
あと、近所の床屋とか。

とりあえず、あまり素敵なイメージを喚起してくれないようなので
この頭にこびりついたメロディーを早く消してしまおう。
「恋は水色。」

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1999年11月07日

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風邪をひいた。
お昼過ぎまで眠る。
コビが布団の中にもぐり込んでくる。

白昼夢を見ていた。
目覚めると思い出せない。
海が見える建物の中を、歩き回る夢だった。

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午後は起き出し、物置から石油ストーブを引っぱり出す。

チャペルコンサートのフライヤーに取りかかる。
考え始めるとキリがない。
たたき台は出来た。
明日、レイアウトをつめよう。

バンちゃんから借りた、禁断の「バイオハザード3」に手を着ける。
はまると廃人になってしまうので、1セーブで止める。

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1999年11月06日

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朝は体調が優れなかった。
今日の授業は、潰す訳にはいかない。
朝、2時間だけ休暇を取り出勤する。

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午後は、新宿の「談話室・滝沢」で研究会の会合。
新年の総会について話す。

ブレット・イーストン・エリスの「レス・ザン・ゼロ」を読み始めた。

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1999年11月05日

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推薦入試を受ける生徒の調査書と推薦書を書き終え
一連の出願書類の作成も一段落させた。

クリスマスのチャペルコンサートのためのフライヤーに
そろそろ、とりかからなくてはいけない。

わかっているのに、いつでも、なんでもギリギリだ。

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1999年11月04日

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目黒の都立教育研究所へ

久しぶりに朝の通勤ラッシュは
相も変わらず狂喜の沙汰

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1999年11月03日

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ラピュタンの立川コンサート。

朝9時にチェンバロの搬入を終え、午後の開演まで時間があるので、
立川CINEMA CITYに「マトリックス」を観に行く。

最高に冴えてる映像と、痛烈なアイロニーを含んだストーリー。
傑作だった。

ラピュタンのコンサートも、大成功
イシバシさんとウタクチさんが来てくれた。

久しぶりのおしゃべり。

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1999年11月01日

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エリック・クラプトンのベストアルバムを手に入れる。

Baby if I could change the world
ベイビー、もし僕が世界を変える事ができたなら

そう、唄っていた。

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