2000年8月31日

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ここは山と谷の多い土地で、天から降る雨で潤っている。

山の向こう側まで見通す力は僕にはなく雲の中に隠れている明るい光も
ここからは見ることができない

だけど確かに光りがあるってことを、もう疑ったりはしないのさ。

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2000年8月30日

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仕事を終えてオフィスを出ると、ちょうど夏が終わるところだった。
赤坂のスターバックスでタケダさんと待ち合わせて、Blitzのイベントへ行く。

お目当てはcool drive makersとスカパラどちらのパフォーマンスも最高だった。
音を奏でる人間を前にすると心地よい嫉妬を感じる。

パフォーマンスのつなぎ目にはフィッシュマンズの'97年と'98年の
日比谷野音ライブのフィルムが流れた。

瞬間に光りを放ち空気の中に消えてしまう
うたかたの響きがすこしだけ見えたような気がした。

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2000年8月29日

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もし慣れていくんだとしたら、すごく怖いよ。
緩やかに死んでいくみたいでさ

だからこれは捨てないことにする。

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2000年8月28日

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仕事帰りにそのままKと合流。理念の部分とロゴを摺り合わせてみる。
確実にかたちになっていくプロセスを楽しんでいきたい。

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2000年8月27日

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Kの家で久しぶりにユウコちゃんに会い夕食をご馳走になる。
仕事の話を少し詰めたりしたが最後はシティーボーイズのビデオを見て
腹がよじれるほど大笑いした。

束の間の休息はおわり明日からはまたサラリーマンさ。
.

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2000年8月26日

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コビとシャワーを浴びる。

べつにそういう趣味があるわけではなくて、年に一度
コビを丸洗いにすることにしているので今日決行したのである。

「うりゃ」と拉致するように抱え込み、そのままバスルームへ。
シャワーで全身をぬらしてボディーソープでわしゃわしゃと洗った。

ときおり「あおーん」と、この世の終わりのような鳴き声を出していたが、観念している様子。
バスルームから開放されると「冗談じゃないわよ」って顔しで体をグルーミングしていた。

夜はhiwa家でパスタやらカクテルを振る舞っていただく。
おかげでリラックスした休日でした。ありがとう。

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2000年8月25日

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週明けのプレゼンのための資料を作成し終えると、もう広いオフィスはには人の姿がなかった。
セキュリティーカードで裏門から退庁、駅前の「らんぷ亭」で夕食

街の灯りを映して揺らぐ神田川をぼんやりと眺めながら「おろし牛皿定食」580円也
一週間を逃げ切った僕は部屋に辿り着きベッドに横たわる。

昨日買った[Walts for Debby]を流すと、あっという間に意識がどこかへ飛んで
いってしまいそうになる。

なんだか、曲の間にも聞こえてくる聴衆のリラックスした笑い声や
グラスのぶつかり合う音までが完璧なセッションの一部になっている。

1961年6月の日曜日

その日ビッレジバンガードには何か魔法がかかったのだろうな。
僕は生まれてもいないのに 時空をまたぎ、その日の音が 何度も僕をその場へ誘う。

今日はもう一度このアルバムを聴きながら目覚ましをかけずに眠ろう。

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2000年8月24日

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夕刻にオフィスを出ると海の匂いがした。
オフィス街にも時々、海からの風が届くのだ。

僕はしばし足を止めて、最後に暮らした美しい海と島のことを思い浮かべる。
今すぐにそこへ行きたい。

地の震えがいつまでも収まらない。
海岸線の稜線は無惨に形を変え流れ込む灰が珊瑚の息を止める。

だけど海も島も死ぬことはないだろう。
灰の下にはもう新しい命が呼吸をはじめているだろう。

はるか先の時代にすでにあった営みを
海と地が繰り返しているに過ぎないのだ。

ひとつの時は去り、次の時がくる

僕や愛する人々のすべてが土に帰っても海や地はいつまでも変わらないだろう。

目の前の神田川は今日も海に流れこんでいる。
だけど海はいまだに満ちることがない。

昔あったことは、これからもあり
昔起こったことは、これからも起こるのだろう。

新しいものなどひとつもない。
毎日目にする「新しいもの」は後の人々の記憶には残らないだろう。

時の流れに耐えた美しい音が欲しくなり新宿のタワーレコードに立ち寄る。
探していたBill Evans TrioのWaltz for DebbyのCDを手に入れて、僕は家路についた。

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2000年8月23日

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明け方の平原に、たくさんの天使が、空からのはしごを使って降りてくる。
そんな夢をみた。

天使はてっきり羽根があるものだと、そう思っていたのに
天使のひとりと僕は挌闘した。

砕かれたい という思いと
砕かれてたまるか という思い。

平原に日が昇ってきても僕は天使をつかんで離さなかった。

どうか 僕の腰を打ち
腿のつがいを外しておくれ。

そのまま地に倒れ込んで、負けてしまいたいんだ。

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2000年8月22日

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知っているだろう?

電話は とても もどかしくて、あまり 得意じゃないんだ。
だから なにも心配しないでくれ。

僕らを 不安にさせるものなどなにもないのだから。

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2000年8月21日

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気がつけば 日が短くなっている。

まだ残暑が厳しいけれど 秋が忍びこんでいる。
まるで 今の僕の齢のようだ。

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2000年8月20日

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パリから6年ぶりに帰国したユキを囲んで
久しぶりに大学時代の仲間と中野のアパートに集まる。

あの頃に時計が逆回りしたみたいだった。

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2000年8月19日

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真夜中にシチリア島からの電話

明け方に目を覚まし、白亜の家々とグランブルーの海を思い浮かべてみた。
その島にはたぶんいけないだろう。

僕はそう思った。

枕元で眠るコビを胸元に抱き寄せ再び目を閉じ、つぎに目を覚ますと
もうすでに日は高かった。

午後は中野の喫茶「クラシック」で、桜桃とintherainの3人でお茶を飲んだ。
夜は、ひとり映画館へ。ベッソンのTAXI2を観る。

とても映画館で観るのにふさわしいアトラクションのような映画だ。
千葉ナンバーの黒いランエボ3台がプジョー406とパリ市街でカーチェイスを繰り広げる。

日本人の悪役は、ヤクザということだが出で立ちが忍者だ。
コミカルで笑えた。

彼はもうシチリア島の映画は撮らないのだろうか。
夜の町では、二人の昔の教え子に呼び止められる。

一人は、街角で居酒屋のティッシュ配っていた。
「センセイ、俺仕事やめちゃったんすよ。いまはそこの白木屋で働いてるんです。」

もう一人は、エンディングロールもあがり照明のついた映画館。
遠くから僕を見つけて、はにかんだ笑みで会釈をしていた。

そう、ここはそういう馴染みの町で、僕は今日もここにいる。
変わり続ける日々のことを今日も書きとめてから眠るんだ。

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2000年8月18日

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どんなに暑い日だって、来客の予定がない日だって、この村では
鼠色のスーツの上着をいつでも身につけているのが暗黙の作法らしい。

判を押したように、ワイシャツだって白だ。

「ちょっともう、そんな時代じゃないんじゃないか?」と思いつつも、
僕もその掟には従っていたんだ。

はじめから、シーラカンスが住む村だっていうのは聞いていたからね。

たまにキャサリン・ハムネットやポールスミスの派手目のタイをカラード・シャツと
合わせたりすると「ルパンみたいだねぇ」なんて、上司から嫌味言われたりしてね。

そんなこというなら、本当に青シャツに赤いジャケットで通勤するぞ。
って、持ってないけどね。ルパンセット

でも、今日ははじめて上着を着ないで半袖のワイシャツで通勤してみた。
ただそれだけのことなんだけどそしたら、世界はなんとも軽やかだったよ。

早くからそうしていればよかった。
見えない掟なんて知らないふりしてさ。

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2000年8月17日

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昨夜はなんだか上手く寝付けずに、手塚治虫の「火の鳥~黎明編~」を読み耽っていた。
おかげですっかり睡眠不足。

今日一日、頭の靄を振り払いながら、言葉を推敲しては精製する作業に追われた。
仕事を終えると、すっかり腑抜けで帰りの総武線では眠りに落ちていた。

目覚めてからは、文庫で梶井基次郎の短編集を読む。
今の僕の年齢でこの世を去った作家刺さるような言葉

果たして言葉を綴る行為は作家を解放したのだろうか?

なんであれ、言葉を綴らずにはいられなかった
その熱だけが、時間を超えて僕を捉えていた。

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2000年8月16日

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「大変なことになったわねぇ」

一ヶ月ぶりに所属校を訪れた僕に事務室の女性職員達は口々に声をかけた。
だけど、その表情からはありありあと好奇心が突きだしている。

そのまま、校長室へ通され、大筋の経過を聞いた。
その後、金庫から資料を取り出し手渡されたメモの番号にダイヤルする。

しばらくの保留音のあと、家裁の調査官に電話が取り次がれた。

温和な声のその男に僕は「初めまして、彼らの担任をしていたものです」
と簡単な自己紹介をした。

調査官は、とても丁寧に今までの経過と現在の状況を僕に話してくれた。
それは、僕がすでに新聞記事で把握していたことよりとても生々しい描写で、
臭ってくるようでもあった。

その内容の意味する卑劣さに反して、僕は冷静に調査官の話を要約しながら
箇条書きにメモすることが出来た。

そのメモはまるで「時計仕掛けのオレンジ」のテロップみたいだなと僕は思った。
質問にはなるべく簡潔に答えるようにした。

出席状況や、交友関係どの質問に答えたあと
「手をかけてきた生徒です。正直、驚いています。」と話すと、調査官は少し間をおいて

「ああ、そうですか」と答えた。

電話のあと、資料をまとめていると同じ学年団を組んでいたM氏が
「うちで一杯やりましょうや」と声をかけてくれた。

あきらかに気を遣ってくれているようなので素直にお誘いに従い、彼の家でもてなしを受け
「もっとゆっくりしていけばいいじゃない」という声を抑えつつ、早々に彼の家をあとにした。

帰り道は夜だというのに、稲妻がとどろき滝のような土砂降りになった。
道路の轍は用水路のようになり、走り去る車は、高い水しぶきをあげ
あっという間に視界は遮られていく。

ワイパーはまるで追いつかず、すれ違うヘッドライトが規則的なパルスのように見えてきた。
軽い目眩を覚え僕は車を路肩に停めカーステレオから流れるspeechのボリュームを
思いっきり上げた。

一連の繰り返された犯行の殆どは彼らの在学中に行われていた。
やめてくれと懇願する人間を、いたぶり続けられのは何故だ。

彼らの闇に手を伸ばすことなく「夜遊びは程々にしろよ」なんて声をかけ
なれ合っていた僕は彼らから見ればさぞかし滑稽な教師だっただろう。

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2000年8月15日

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オフィスを出る頃には強い雨が降っていた。
透明なビニール傘をさして駅まで歩く。

モノレールに乗る頃には雨も上がり、いつもより涼しげな風が吹いた。
雲が晴れて、8月の十五夜はやけに月が明るい。

早く秋になればいい。

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2000年8月14日

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今年も海には行かないだろう。

物置の中に積まれたレギュレーターやインシュレーターも、きっとカビが
発生しているだろうしオーバーホールしなくては水中での使用に耐えないだろう。

ハウジングもグリスアップせずにほったらかしのままだ。
僕は、いまだに日の目を見ることがない写真家の撮った鯨の母子を思い浮かべた。


その写真家はいつも鯨を追って島にやって来ていた。
まっくろに日焼けし、歯が白くよく笑う頑丈な男だった。

春にその写真家と、人口僅か500人の母島へ渡った。
初めての母島は、あまりにも手つかずで独特の閉塞感のある島だった。

写真家は、島に着くとすぐにチャーターした漁船に乗り換え沖に出た。
僕は知り合いの母島小学校の教員から車を借りて、島をまわった。

正確に言うなら、南北を結ぶ一本の道しかないので、そこを往復した。
次に乳房山へ登った。

とっぷりとしたシダ類の緑の深さが歩き慣れた父島の比ではなかった。
日が暮れかけたので、すこし足早に山を下ることにした。

夕焼けが迫り、山の中腹からはオレンジ色に発熱する鏡のような凪の海面が見えた。
鯨がテールスラップをしている。

激しい水の柱が立ち上がっている。
そのそばに、小さな小舟の影が見えた。

それはとても小さな影だったけれど鯨に挑むようにしてシャッターを切り続ける
写真家の姿だとわかった。

写真家は、母島小学校の体育館で小さな写真展を開いていた。
その日の夜には、レクチャーを開き島の誰もがわかる優しい言葉を選んで
鯨の生態の話を、興味をそそるように話した。

すでに、水中写真家として名が売れていたが気さくで謙遜な男だった。
後に男は毎年春に母島を訪ねては鯨を追っているときいた。

最後のニュースを聞いたのは1年前の春だ。

写真家は船で待たせているマネージャーに「20年に一度のチャンスだよ」と言ったという。
鯨の群が、自ら船に近づいてきて逃げることはなかったという。

写真家は、もっぱらスキンダイブで撮影をしていたが、二頭の母子鯨が近づいてきたときに
珍しくボンベをしょって海に潜ったという。

そしていつまでたっても彼も、彼の愛したニコノスも
二度と浮上してこなかった。

僕は時々想像するんだ。

あんなに海の生命のすばらしさを教えてくれた彼が
「20年に一度だよ」といってシャッターをきった青い写真のことを。

いつか、誰かがそのニコノスを海底から拾いあげ現像するときが来るんじゃないかって。
その写真が、残されたものの心に届き僕らを解き放す時が来ることを今も信じているんだ。

1999年に母島沖で消息を絶った写真家望月昭伸氏に捧ぐ

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2000年8月13日

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約束のAM10:00に少し遅れて新宿南口のタワー・レコードの前にてSAGEと会った。
髪を後ろに束ねていた。瞳の光彩から、知恵に満ちている青年だと思った。

初めて会ったような気がしなかった。

彼の導きにしたがい、数時間後僕は宇都宮の大きな民家の軒先に佇んでいた。

なつかしい。

今はもう訪ねることができないかつて幼い頃をすごしたある家のことを思いだした。
やがて、次々と人が現れた。

どんな異種のプライマルとさえ結びついてあらたな分子構造に発展してしまう
開放系の人々

かつて、同じ時を過ごして夢を共有し、いまは離ればなれになってしまった人達のことを
思い返さずにいられなかった。

僕は、少しばかり感傷的な気持ちになった。

たぶん、蜩の鳴き声のせいだったり誰かが庭にうった水が蒸発するときの
匂いのせいだったと思う。

自分と外界を結ぶつながりが新たな発展をはじめるのを感じた。
これからのことを、すこしだけ明確に語りたくなった。

彼はメディアだったのだ。

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2000年8月12日

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なんだか悪い夢をみて目覚めた。
ひとつひとつのエピソードが小さな哀しみを帯びていた。

それは飼っていたセキセ・インコを逃がしてしまったり
(昔飼っていて、現実にはとうの昔に死んでいる)

車がパンクしたりとか、会議で上司と言い争ったりなど場面がころころと変わった。
それぞれの場面には意味的な繋がりなどまるで無いように思えたが

そこでの出来事の断片をつなぎ合わせていくと大きくて哀しいジグソーパズルのようになる。
そんなオムニバスのような夢の集合体だった。

目覚めてから、ひとつひとつの夢を検証し全て夢であって現時ではないことに安堵した。

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2000年8月11日

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辿り着いた週末

朝いつものように出勤すると、どうやらトラブルが発生しているらしかった。
人々のせわしない動きや表情でわかる。

だれかが ATMの電源を誤って落してしまいセンターのサーバーがダウンしてしまったようだ。
やれやれ。

普段は専用線で外の世界と僕をつなげていてくれた机上のPCもただのガラ箱に見える。
急に、自分自身も外界との交信を遮断され密閉されているような気分だ。

すっかり透明なラインに対して依存症、諦めてしまえば、むしろ普段よりも効率よく
ネットに頼らずに文献や資料が整理されたりした。

プレゼンもなんとか乗りきる。

明日から一泊だけの予定で東京の喧騒から逃げ出す予定

PCは持っていかない。
もう一つの透明なラインを探しにいく旅だからね。

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2000年8月10日

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通勤電車で、安部公房の「砂の女」を読んだ。

そのリアリズムにすっかり引き込まれてしまい自分もまた、膝まで砂に埋もれて
歩いているような憂鬱な錯覚にとらわれてしまう駅からの帰り道。

家に帰ると、コビが尻尾を振って「おかえり」の仕草をしている姿を見て笑ってしまい
やっと現実に帰ったのでした。

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2000年8月09日

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久しぶりにカセットテープを漁ってスティーヴ・ライヒのテヒリーム (詩篇)を聴いた。
まるで、繰り返す日常を優しく肯定してくれるようなミニマルに美しい変化を遂げていく旋律

詩人の朗読のようなパーカッション、音の詩編
僕の日常は、物語になるような旋律からはちょっと遠い。

だけど、毎日少しずつ変化をしながら岩のかたちを波が削るようにして作り変えようとしている。
毎日、そして明日もスーツを着て同じ路線を往復する。


だけど、今日の朝の匂いは昨日と少し違うことに慰められたり。
毎日少しだけ昨日よりわかった気になったり謎がふえたり。

「あ、わかった。まとまってきた」と独り言を言ったり頭を抱えて絶望したり。
ランチに鰻重を奮発して「ここの蒲焼きうまいわ」なんて店の主人とおしゃべりしたり。

NYのライアンから届いた、誤字だらけの日本語メールの伝えようとしている内容が切なくて、
少し涙ぐんだり。

夕飯をロッテリアで済ませてしまってポテトのまずさに落ち込んだり。
オーバーカロリーを気にして一駅歩いたり。

そんなところだけが、昨日とちょっと違う。
相変わらずさ。

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2000年8月08日

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今朝あなたから届いたメールには海のことが書かれていました。
そのことで、僕はぼんやりと思い返していました。

僕が海について知っている幾つかのことを。
なにせ海のある村を離れて、もう5年たつのです。

まず、いまだ知らないこと。
海を表す色の呼び名と、海を描くのに必要な絵の具。

少しだけ知っていること。

靴を脱いで飛び込むべきところだということ。
そこは聖なる幕屋だから。

そして真昼に海に包まれたなら、どこまでも自分を誘うような放射状の光りを
決して追ってはいけないということ。

その光りの中心の黒点は、深淵に映し出された太陽を背にした自分自身の影だから。
深度が増すごとに、まるで哀しみや怒りが浄化されていくようだけれど、消え去ったのだと
思ってはいけないということ。

それはただ精製されてサラサラの粒子に変わったにすぎないということ。
逝ってしまった人々のことを思って涙が溢れるのは深度30メートルで吸い込む窒素に
酔うせいにすぎないということ。

バベルの塔のことをいつも考えてしまうのは許されないエリアへの入場を懇願してしまう
せいと、潜っているのか上昇しているのかが判らなくなってしまうせいだということ。

地上に戻る理由は、自分で見つけなければいけないということ。
地上に上がった僕は、もう一度そこへ行くべきかは今はわからないということ。

そこにいまだ僕の場所があるならば、幸せだということ。
今夜は眠る前にシチリアの海を思いながら、目を閉じて祈ることにするよ。

おやすみなさい。

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2000年8月07日

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眠れないまま蒼い時間をむかえた。
テレビをつける。

珈琲をいれてクラコットにエメンタル・チーズをのせて囓る。
のそのそと動き、髭を剃ったあともボーっとしていた。

いつもより40分近くも遅いモノレールに乗った。
まるでいつもと景色が違う。

始業時間とほぼ同時にオフィスにつく。
上司に適当な言い訳をした。

「申し訳ありません。すこし気分が悪くて途中下車して少し休んでいました。」
大丈夫かい、顔色が悪いよ。

いえ、もう大丈夫なんです。
大事なときなんだ、早めに病院へ行くといいよ。

ええ、様子を見てからにしますけど、大丈夫です。

ランチタイムに外に出ると、晴天の夏日の下でざあざあと雨に降られた。
雨雲なんて何処にもないのに。

右翼の宣伝カーが猛スピードで交差点を駆け抜けていった。
オフィスに戻ると、窓ガラスにバラバラと音がした。

雹だった。

雹?

眼下では、駆け足で待避する人々が見えた。
日射しが強く、まるで現実感がない。

ヘリコプターが向かいに見えるビルの上を旋回している。
バラバラという爆音。

誰かが銃で撃たれたらしいと知らせ。
ビルの右翼事務所に立てこもっているらしい。

あのビルで?本当かい?

帰りの電車で、向かいに座っている男が[ MARIJUANA PICKERS ]というロゴの入った
UNITED GRASS WORKERSのTシャツを着ていた。

同じTシャツを僕も持ってる。だけど、パジャマの代わりだよ。
男は「社会構造と時空概念」というハードカヴァーの本を読んで大笑いしていた。

それは面白いのか?

家に帰り、夕食を終えると自然に眠気がやって来た。
目を閉じれば、今すぐにでも眠りに落ちそうだ。

ここはどこか。

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2000年8月05日

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洗濯機をまわし掃除機をかけのんびりと過ごす土曜日。
夕方から雷が鳴っている。

夕食はKの家でソーメンを頂く。
食後にかき氷など食べながら仕事の話をする。

夜には強い雨が降った。

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2000年8月05日

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午後はJIFHののカンボジアスタッフから届いたニュースレターの発送を完了させる。
その後、秋葉原でhiwa夫妻と合流して麻布のモンスーンカフェで夕食。

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ゆったりとした時間を味わいながら真新しい一週間のことを考えた。

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2000年8月05日

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午後はJIFHののカンボジアスタッフから届いたニュースレターの発送を完了させる。
その後、秋葉原でhiwa夫妻と合流して麻布のモンスーンカフェで夕食。

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ゆったりとした時間を味わいながら真新しい一週間のことを考えた。

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2000年8月04日

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夏の夕方の蒼い時間は都会だったとしても好きな時間です。
今日も仕事を終えてから目黒へ行きました。

昨日とは別の研究室の飲み会に誘われていたのです。

最近の僕は、以前は意識的に避けていた仕事がらみの誘いもあまり断ったりしなくなりました。
今日も殆ど初対面の人達でした。その人達は皆仕事に対する姿勢が真摯で、人当たりもよく、
真面目でした。

かれらは以前から僕の仕事の内容にとても興味を持ってくれているようでした。
だから僕も、可能な限り丁寧に言葉を選び自分の仕事についての話をしました。

だけどそんな時には、いつも居心地の悪さをどこかに感じています。
自分自身の仕事を人に伝えながらそれは本当に僕の仕事なのだろうか

そもそも僕は何故こんなところにいるのだろう

そんな風に、他人の仕事や人生のことを誰かになりすまして語っているような気持ちに
突如覆われてしまうのです。

僕は自分のことが昔よりもわかります。

全てのことをゼロからはじめるのが好きで生み出たものに対して
何度も丹念に手を加えたり修正したりしながらたとえどんなに小さくても、
形にしていくことを愛します。

そしてそれをごく少数の心開ける人だけと分かち合うことに、このうえない喜びを
感じる人間なのです。

だけどどうやら、僕の仕事はある大きな流れを継承しその流れを変えることなく発展させ、
その成果を大々的に大勢の人に還元させることを求められているようです。

そして、なによりも組織の一員として、その仕事を完成させなければいけないのです。
組織の中では、ぼくは少しだけユニークな方法で仕事をしているように見られているようです。

だけど、そんなことはちっともユニークではないことを僕自身が一番良く知っています。
誰かの衣装を借りて、許される範囲で振り付けをアレンジしてダンスをしているだけなのです。

僕は人の期待に応えなかったりがっかりさせることが怖いのです。
そして僕は拍手をされない踊りをするのが怖いのです。

あるいはステージの幕が開いたとき観客がまばらなのが怖いのです。
今のステージは、無事に公演を成功させなければいけません。

だから、いまは誰かの手拍子でただ踊ります。
いつかは自分の創った衣装をまとう日のことを思いながら。

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2000年8月03日

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今日は目黒の研究室のお誘いで各地の日本酒を揃えた店で飲みました。
大して飲みたい気持ちではなかったのだけれど断る理由もなかったのです。

どちらにしろ、どこかで夕飯を食べるわけだし。

結局のところ、二次会のカラオケに途中まで付き合い22:37分新宿発の
ホームライナーに乗って帰途につきました。これがなかなか素敵な列車なのです。

500円の特急券を買うのですが、途中何処にも停まらずに
僕の目指す駅までただひたすらに西へ向かうのです。

サスペンションが普通列車と違うのか、滑るような乗りごごちで、
見慣れた車窓からの景色が違った色彩で流れてゆきます。

列車の中で、村上春樹の「国境の南・太陽の西」の文庫本を読みました。
8年前にハードカヴァーで読んだ本です。

最近では,新刊のノベルを次々に読み漁りたいという欲求は無くむしろ、
一度手にしたことがあって、好き嫌いは別としても自分の中に宿題のようにして
引っかかっているような本を検証し直すような気持ちで読みたくなるのです。

本のせいなのか、あるいはいつもと違うように流れ去る車窓の夜景のせいなのか
わからないのだけれど16才だったあなたのことを想い出しました。

過ぎ去った時間のことを想うと、なんだかカチコチに固まってしまった陶土を
手にしたような気持ちになります。

自分がおかした愚かな振る舞いのことなども想い出しました。

でも、それはかつて判断を誤ったというよりはむしろ僕という人間の
傾向や弱さの表れだったのだと今は思います。

10代のころから自分の本質は変わらないままでいつのまにか30代になっているのです。
固まった陶土は、もう一度集めて水に浸して土練機で練り直せば、新しい器に作り替える
ことが出来るけれど過ぎ去った時間はそういう訳にはいかないのを僕は知っています。

だから、今という時を記しておきたいと思うのかもしれません。

次に神宮の森や、新宿の高層ビルがよく見える高校の屋上であなたから手渡された
ノートのことを想い出しました。

「これからの時間を書き記し欲しい」と言って手渡してくれた
深緑のスェードの表紙のノートです。

その夕方の空気を思い返した瞬間不思議な時の摂理の謎が解け
まるで魔法のように過ぎ去った時間の感触が、ひび割れて固まった陶土から
あの柔らかなスェード表紙のノートの手触りへと変わってゆきました。

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2000年8月02日

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どんな一日でしたか?

こちらは今日もひどく暑かったのですが、これといって変わったことはありません。
南向きの部屋には障子を刺し通す強い日差が朝の5時前から部屋の温度を上ていきます。

そのせいで目が覚めるのだけれどコビは足下で腹を見せて大の字になって寝ています。
相変わらず緊張感のない猫です。

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あとは耐熱式の珈琲サーバーを落として割ってしまいました。
同じ型の珈琲サーバーを探すのは困難なので、安くてミルもついていない
珈琲メーカを新たに買いました。

それと,一昨日から「ものもらい」を患ってしまい今日仕事場を抜け出して
(もちろん年休をとった)三楽病院の眼科へ行きました。

「ものもらい」ができたのははじめてです。
正確には麦粒腫(ばくりゅうしゅ)と言う名称だそうです。 

病院ではひどく待たされたので,待合室で太宰治の「人間失格」を
鞄から取りだして読みました。

最近になって読み直したくなったので、角川文庫版の「人間失格」を 買ったんだけれど、
表紙がなんと望月さんの銅版画です。

太宰治に望月通陽の装画なんて不思議なとりあわせだよね。
でもこれが悪くないのです。

太宰の世界にどっぷり浸かった後、病院で目薬と抗生物質を処方されて職場へ向かったので
お茶の水の聖橋をとぼとぼわたっていると妙に斜陽感が漂いました。

太宰の世界を読むと何故か「くすっ」と笑っちゃうんだけれど昔よりもしっくりと染みこむようで
最近になってとても好きです。年をとったせいなんだろうか。

まぁ,仕事のほうも順調に進んでいます。心配はいりません。
それではおやすみなさい。

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2000年8月01日

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M神さんが主宰する「ものづくりにおける創造性の育成」と題された研修会を
朝からサポートする。

工業系の研修だから、未知の世界を覗くようで前から楽しみにしていた。
特許申請代行事務所の方を講師として招く。

工業所有権の基本的な部分から、アマゾン.ドット.コムのワンクリック特許や凸版印刷の
マピオン特許などの事例を交えた最新事情までのレクチャーは興味深い内容だった。

「オタク的な情熱を持った人材の創造性がもっと教育現場で尊重される
必要があるのではないか」という講師の意見に対し、出席者の中学校教員から

「じゃあ、どんな授業が望まれるのか?」という質問が出されていた。
「おいおいそれを考えるのが僕らの仕事じゃん。」なんて危うく声にだしそうになる。

午後は三鷹に移動して、東京電力の実験住宅展示場へ。
省エネを追求した、いわゆるエコハウスと介護者の立場から設計したバリアフリー住宅をみる。

最新のバリアフリーをうたった施設の設計を見るたびに
介護する側からの合理性が追求されすぎているように感じる。

例えば、ベッドから寝たきりの人をリフトで吊してトイレからバスルームまでぐるっと回って
入浴と排泄をすましてベッドに帰ってくる。

そんなパーフェクトな設備を見せつけられたりすると、
なぜかいつも腑に落ちないような気持ちになる。

要介護者はまるでコンテナーみたいだ。
自分はこんな設備の恩恵を受けるくらいなら早く地の塵に帰りたいと願ってしまう。

魂をおいてけぼりにした技術などいらない。
研修も無事終了し、M神さんのお誘いで武蔵境の「庄や」で乾杯

M神さんから、「ものづくり」が軽視されつつある切実な危機感や
今回の研修に対する思いが聞けてちょっと嬉しくなった。

「もの」が崇拝される時代から、それをつくりだす「ひと」や「おもい」が
もっと尊重される時代へと、少しでも変えていくことできればいい。

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